世の中のまったく役に立たない保険が存在していることはご存じだろうか。
それが主に法人向けに販売されている逓増定期保険(ていぞうていきほけん)というものだ。
私は初めてこの保険の存在を知ったとき、こんなイカれた生命保険が存在しているのかと驚いたものだ。
何しろこの逓増定期保険は世の中の役にたつ要素がほとんどないのだ。
逓増定期保険ってそもそもどんな保険?
逓増定期保険とは契約期間中に徐々に保険金額が上昇していくという死亡保険の一種である生命保険だ。
個人向けの契約ではまず加入することはない。というか個人向けに販売されていることがないだろう。
逓増定期保険の仕組みを図で表すと以下のようなものになる。
※逓増定期保険の保障イメージ
保険期間の後期に急激に保険金額が上昇していくのだ。
死亡保険は年齢が上がるほど保険料率が高くなるが、その保険料率が高い保険期間の後期に集中して保険金額が高くなるというハチャメチャ仕様だ。
さて、この逓増定期保険の『保険期間後期に急激に上がっていく保険金額』という機能を欲している人はまずいない。誰の役にもたたない。この保険が法人向けというなら、せいぜい将来急激に会社が成長することが確定している企業経営者のために加入するのだろうか。もちろん会社が将来急激に成長することが『確定』している会社などない。
たいていの場合、保険金が急激に増える段階で被保険者が亡くなったとしてもその保険金は過剰なものとなるだろう。
つまり保障として見た逓増定期保険は何のために加入するのか役割が全く見えないのだ。
しかし逓増定期保険は解約返戻金があり、その仕様がまたハチャメチャだ。
通常の定期保険は解約返戻金がある場合、保険期間の6割から7割を経過したころに解約返戻金のピークがくるが、逓増定期保険は保険期間のかなり初期に解約返戻金のピークがくる。こうなるように逓増定期保険は保険期間の後期だけ保険金額が高くなるように作られている。これは基本的に保険期間の初期に解約返戻金のピークが来たときに加入者が解約することを前提としたような作りである。そして解約返戻金のピーク時には、年齢にもよるが、支払保険料の100%近くまで返ってくるようになっている。
※逓増定期保険と通常の長期平準定期保険の解約返戻金推移のイメージ
急増する保険金の保障など誰も求めていない上に、短期間で解約することが前提の保険商品?こんな生命保険がまともなわけがないのだ。
法人向けの逓増定期保険がいったい何の役に立つの?
このような保障としては存在意義がよくわからない逓増定期保険が法人向けの商品として売られているわけだが、法人向けには『節税保険』としておすすめされる。この逓増定期保険は条件こそあるものの、支払う保険料の半額が経費扱いとできるのだ。解約返戻金が場合によっては100%を超えることすらある非常に貯蓄性の高い保険で、支払う保険料が損金算入できるというものだ。
これがどれだけ異常なことか個人に置き換えてみればわかる。
例えば個人向けの年金保険は年間支払保険料が8万円までの部分で所得控除があるが、その上限を取り払われたようなものだと思ってもらえればおおむね間違いない。もし個人で年間100万円の保険料支払いそのうち半分が所得控除に使えたらどれだけの威力があるかわかるだろうか。所得税率が20%の人なら所得税だけで10万円も税金が安くなる。しかも積立をしながら!
逓増定期保険がどれほど異常な商品かわかるだろう。
当然、多くの法人が節税目当てで逓増定期保険に加入するのだ。保険とはいえピーク時には支払った保険料と同等近くの解約返戻金があり、その上節税までできるというのだから入らない手はない。
逓増定期保険は常に行政に目をつけられている
ここまで書けばあなたが法人の経営者だとすれば、逓増定期保険に入らない手はないように思えるかもしれない。
しかし世の中そう甘くはないのだ。
こんな異常な保障の生命保険は何のリスクの備えになるのかよくわからず、しかも短期間での解約を前提としたような解約返戻金の設定なのだ。金融庁や国税庁に目をつけられるに決まっているのだ。
金融庁は生命保険商品の許認可を出す省庁だが、金融庁は生命保険は保障を提供する商品だからこそ認可を出すのだ。それがこんな解約前提の商品を作った上で、実際に加入者はいかにも『保障目的ではなく節税目的です』と言わんばかりに短期で解約していたら、『これって生命保険じゃないんじゃないの?』と金融庁は目をつける。そして節税目的だと分かれば当然、金融庁だけでなく国税庁も問題視する。
さて、金融庁や国税庁に目をつけられるとどうなるのか。
当然、節税目的にならないよう『保険料の損金算入』を認めない方針になる。損金算入が認められなくなったとしたら逓増定期保険などただの短期の貯蓄商品に成り下がる。本当に存在意義がなくなってしまうだろう。
そして、逓増定期保険を始めとした節税保険は法人経営者向けに生命保険セールスたちから勧誘がある。もし法人が『将来的に損金算入を認められなくなる場合もありうる』ということを知らなかったら?想像するだけで恐ろしい。
このあたりは『生命保険が法人の節税プランになるかどうかは国税庁の気持ち次第!』の記事にも詳しく書いている。
逓増定期保険は常に危ういバランスの上に『節税保険』として成り立っていることを忘れてはいけない。
法人向け生命保険に節税目的のみで加入することの危うさを考えること
このように逓増定期保険はほとんと『節税目的』専用の生命保険といっても過言ではない。
そして、このような保険は行政に常に目をつけられていて、いつ『節税保険』でなくなるかもわからないのだ。
生命保険会社は法人向けの新商品ができれば『節税に便利です』などと言ってあなたに節税保険を勧めてくるかもしれない。
しかし行政も指摘しているように、生命保険は『節税』のために入るのではなくあくまで何らかの保障を期待して加入するものだ。逓増定期保険に限らず『節税保険』という甘い響きに安易に飛びつかないようにしたい。ぜひ『法人の生命保険に関する疑問のまとめ』の記事を参考に法人向けの生命保険とは本来どうあるべきなのか知識をつけてほしい。