妊娠、出産時は生命保険の給付が最も多い出来事の一つだ。もっともありふれた帝王切開による給付、流産でも処置があれば給付がある場合がある。結婚して生命保険を考える場合、妊娠、出産を前提に生命保険や医療保険に入る人は多い。また生命保険セールスたちもそのような勧め方をする。しかし本当に妊娠・出産のために生命保険に加入することは有効なのか。
生命保険はなんのために入るのか
もうこの見出しを書くのは何回目だろうか。これからも100回、1,000回と書き続けるのだろう。それほど重要なことだ。
『自分に何かあった時のため、残された家族等の生活が経済的に困らないために加入する。』『自分ではとうてい準備できない金額』
この2つは重要なキーワードだ。
自分が亡くなっても、遺族が『経済的に』困らないようなら加入しなくてよいし、必要な保障を自分や家族の蓄えで対応できるなら加入しなくてよい。そうでなければ生命保険は負けの確定しているただのギャンブルだ。
妊娠・出産の費用のため生命保険に加入する?
生命保険セールスが『妊娠・出産時の突発的な費用のため、生命保険や医療保険を準備したほうがいい』などととんでもなくレベルの低いことを言う場合がある。恐ろしいことに消費者は何も知らないので漠然と妊娠・出産時の費用を心配しているので、このようなレベルの低いコンサルで生命保険に加入してしまうのだ。これは消費者が悪いわけではない。だが勉強する必要がある。
妊娠中の諸費用
妊婦は定期的に検査をする必要がある。これらの費用は健康保険の適用対象外なので全額自己負担だ。平均すると妊娠中に検査でかかる費用は5万円~6万円程度だ。さて、これら妊娠中の検査費用を保障してくれる保険があると大助かりだが、妊娠はある程度自己意思で思ったタイミングですることができる。保険会社はこのような出来事に対する保障を作ると、妊娠する人がみんな加入し、保険会社の経営を圧迫するだろう。保険金○人など故意による保険金搾取が成り立ってしまうような仕組みは保険会社は作れない。ましてや妊娠は道義的に何も問題のない行為なので、誰でもできてしまう。
よって妊娠時の諸費用を保障する保険は存在しない。存在したら速攻で加入するべきだ。そして出産が終わったらすぐに解約だ。
通常分娩の費用
通常分娩の費用も自己負担だが、公的な健康保険にきちんと加入している人は、出産すると出産育児一時金が健康保険から支給される。自営業者などが加入する国民健康保険でもサラリーマンが加入する会社の健康保険でも、それらの人に扶養されている人でも同様だ。金額は42万円(または40万4千円)だ。
通常分娩に伴う費用は50万円前後支払うことも多いが(医療機関により異なる。高いところは70万円かかったりする場合もあるので注意しよう)、この出産育児一時金が多くの部分を相殺してくれる。結果的に完全に負担が亡くなるわけではない。
もちろん通常分娩にかかる費用を保障するような生命保険、医療保険は存在しない。もし、もしあったらすぐに加入だ!急げ!
異常分娩の費用
異常分娩とは通常分娩以外の分娩だ。生命保険会社では給付の対象となりうる分娩を異常分娩と定義している。帝王切開や流産、死産など比較的知名度のある異常分娩から、通常分娩のように思えるが何かしら器具を使った場合も異常分娩に含まれる場合がある。
これら異常分娩にかかる費用は健康保険の対象となる。例えば帝王切開の場合は、通常分娩分の費用は自己負担、帝王切開の処置にかかる部分が健康保険の対象となる。
通常分娩に対してはもちろん出産育児一時金で対応し、帝王切開分の費用については3割自己負担だ(たいてい8万円程度負担することになる、高額療養費制度により異常分娩にかかる費用で1か月の自己負担限度額はたいていの場合概ね8万円程度)。
さて異常分娩の際は、生命保険会社の医療保険に加入している場合、入院給付金や手術給付金の対象となる場合がある。商品の内容によるがたいていの医療保険なら給付金支払いの対象になる。帝王切開などの場合、手術代くらいなら元がとれてしまうことが多い。
異常分娩に備えて生命保険に加入するのは有効?
妊娠・出産は医学の進歩とともにリスクはほとんど0に近いほど低くなった。しかし、未だ0ではないのが現実だ。生命保険や医療保険を検討するうえで大事なのは、そうした事故が起こる確率をきちんと把握することが出発となる。
日本で妊娠・出産で死亡するリスクは2007年時点で人口10万人のうち3.1人だ(参考:わが国の妊産婦死亡率の年次推移・厚生労働省)。確率にして0.0031%だ。ちなみに30歳の女性が40歳になるまでに亡くなる確率は人口10万人のうち約400人だ(参考;平成28年簡易生命表(女)・厚生労働省より概算)。確率にして0.4%だ。これを見ると、妊娠・出産で亡くなる確率は30歳から40歳の女性が亡くなる原因として突出して高いというわけではない。妊娠・出産をするからといってそのために死亡保険に加入する必要はないと言えるだろう。もっとも、妊娠・出産という出来事に関係なく、亡くなると遺族の生活が困るというのであれば死亡保険の加入は必要なのは言うまでもない。
一方、妊娠・出産で心配なのは、帝王切開をはじめとした異常分娩だ。帝王切開だけに限れば昨今出産年齢が高齢化している影響もあり、ごくありふれた話となっている。その割合は分娩全体の中でおよそ19.7%を占める(参考:平成26年医療施設(静態・動態)調査、病院報告の概況・厚生労働省を参考に概算)。5人に1人は追加で8万円の費用がかかると考えてもいいかもしれない。
さて、生命保険や医療保険の損得を考えるにはその商品の還元率を考えると参考になる。競馬(還元率70~80%)や宝くじ(還元率50%程度)などのギャンブルと同様に、100円のくじを買ったら平均していくら戻ってくるのかを考える。これを期待値という。生命保険の場合、出し方は簡単だ。給付金の金額に、給付金が支払われる確率を考えればよい。帝王切開をした場合10万円の手術給付金が出る保険を考えたとして、帝王切開をしなければならなくなる確率は約20%だ。
給付金の期待値は 10万円 × 20% = 2万円 となる。
加入した保険の損得を考えるなら、支払保険料が総額でこの2万円を超えるかどうかが損得を考える分かれ目だ。
仮に1か月2,000円の保険料を支払う医療保険なら、10か月分までは医療保険に入って得をする可能性が高い。しかし10か月では、妊加入直後に妊娠しない限り得をするのは難しい。手術給付金が10万円出るような保険に加入してなおかつ保険料が2000円を下回るような医療保険に加入するのは、なかなか困難が伴う。それに加入直後を狙って妊娠するのもまた難しい。
つまり、医療保険の損得面から言って、出産時の帝王切開等異常分娩に備えることを目的として医療保険に加入するのは、損をする確率のほうが高いギャンブルということになる。もちろん他の病気で入院・手術をする可能性もあるのだから、給付金の期待値はもう少し高いかもしれないが、出産適齢期の女性ではそれほど多く変わるわけではない。
仮に得をしたとしても、それって必要?
もちろん、給付金が出れば帝王切開など異常分娩の費用が賄え、保険に加入した意味はあるだろう。しかし、8万円だ。たったの8万円だ。これは自分の蓄えや日常生活の大出費程度の感覚で賄えるのではないか。妊娠、出産の比較対象としてはどうかとは思うが、8万円という値段はたいていの電動自転車より安い。8万円の出費で四苦八苦するようではそもそも医療保険など入っている場合ではない。また8万円程度の出費をいちいち保険で備えていたら、あなたの家計は保険まみれになることだろう。きっと家電製品すべてにオプションの長期間保障がついているに違いない。
保険とは本来、自分の蓄えでは到底対応できないリスクに備えるために加入するものだ。自動車を運転中に死亡人身事故を起こせば賠償金で生活は吹っ飛ぶ。そのために自動車保険に入る。家が燃えれば立て直さなければならない。1000万円以上かけて。そんなときのために火災保険は必須だ。稼ぎ頭が亡くなれば、遺族は生活に困るかもしれない。必要な額は2000万円~3000万円にもなるかもしれない。これらは一般家庭には到底貯蓄で対応できる金額ではない。
もちろん、病気になることもありふれたリスクだ。妊娠・出産も通常分娩ですら多くのお金がかかる。しかし忘れてはならない!あなたはすでに世界最強レベルの医療保険に加入しているのだ。日本の健康保険制度は、医師に30秒診察して、1週間分の薬をもらうなんてごくわずかなレベルの病気・けがであっても負担の7割を肩代りしてくれる。もし医療機関にかかりまくっても安心だ。1か月の自己負担限度額は一般家庭レベルであれば8万円程度となり、それを超えた分は全部健康保険が払ってくれる。自治体によっては中学生まで医療費がタダになるというではないか!小さいリスクから大きなリスクまで広範に対応できるのが公的な健康保険だ。それに比べたら民間の医療保険など、入院、手術をした時くらいにしか役に立たないのだ。限定的なリスクで、しかも貯蓄で対応できる程度のリスクに対して民間医療保険で備えることにどれほどの意味があるというのか。
妊娠・出産時の費用のために生命保険や医療保険に加入する必要はない!
これまで見てきたように、妊娠・出産にたいして生命保険や医療保険で備える必要などない。生命保険セールスは結婚・妊娠・出産時には、まるで鬼の首を取ったかのような勢いで、加入するのが世間の常識とばかりに加入を勧めてくる。しかしもうわかったはずだ。妊娠・出産時の死亡リスクは十分に低い。あなたが世帯の稼ぎ頭というのであれば死亡保険の加入の必要性はあるが、妊娠・出産という出来事をきっかけに加入する必要はない。また帝王切開など異常分娩などの対応のため民間医療保険に加入する必要もない。異常分娩は十分誰でも起こるほどの確率はあるが、その費用に多額の費用が必要というわけでもない。およそ医療保険にわざわざ加入するほどでもない。もし加入するにしても妊娠直前に加入し、出産直後に解約するという方法を取るとよいが、この方法も欠点がある。狙ったタイミングで妊娠するとも限らないからだ。
もう一度言う!
妊娠・出産を考え始めた、あるいはすでに妊娠していたとしても生命保険に加入する必要はない!あなたが無駄な金を生命保険会社に払うことが趣味ならお勧めする。